本を読んで考えたこと

ツイッターのロングバージョンです

憧れは憧れ。結局、ないものねだり。(斉藤洋『どうぶつえんのいっしゅうかん』)

 タイトル通り、動物園の1週間を描いた本。この中の、ライオンとクロヒョウが出てくる「木曜日」を読んだ。

 ライオンは、お客さんにサービスしすぎてある日声が出なくなってしまった。となりのクロヒョウは、「そんなサービスをすることはない」「のんびりしてればいい」と消極的な言葉をかけつつも、いざ子どもたちが来ると、ライオンに代わって「ガオー」と吠える。子ども大喜び。でも照れ隠しに、「きょうだけだぞ」「なおったらライオンさんがやってくれ」と怒ったようにねっころがる。ライオンは、王様の座を奪われることを心配し、「あしたからは、やっぱりじぶんががんばらなくちゃ」とうがいをする。おわり。

 

 先日、ある講義でこの話を読み、「ライオンとクロヒョウどちらに共感するか?」というテーマでフリートークをした。”共感”という概念には収まらず、思考がどんどん進んだ。

 まず、自分の過去を振り返ると、私は完全にライオンタイプ。今も無意識にはライオンかもしれない。周りの人が喜んでくれるから、周りの人に頼まれたから、自分は無理をしてでも一生懸命できることをする。それで感謝されるのが純粋に嬉しい。ところがつい無理をしすぎて、気づいたらかなり疲れている。体調を崩すこともある。ここで初めて力を抜こうと意識して、復活。でもまた無理をし始める。の繰り返し。

 もちろんこの生き方は間違いじゃない。私はそう信じて生きてきたし、今も変わらない。努力家とか真面目とか頑張りやとか言われて、ピンとこなくても一応褒め言葉として頂戴してきた。自分の能力を発動して人のためになるのは素晴らしいこと。一生それを貫いて生きるのも悪くない。

 だからこそ、クロヒョウが輝いた。普段から力を抜いて生きるなんて自分にはできないし、ライオンにお礼の言葉を求めるでもなく、「おれはむいてないからやっぱお前がんばれよ」などと言い放って寝るなんて、かっこよすぎる。

 クロヒョウタイプの優しさが光って見えるポイントは、①いざという時に助けられる=いつもそばで見守っている、②自分にもちゃんと能力がある、の2つだと思う。

 ①その人が本当に助けを必要としているかどうかは、自分本位の考え方ではわからないだろうし、良かれと思って助けても、押し付けがましいお節介になりかねない。普段からそばにいて、相手の性質、性格を理解して、「今!ヘルプ!」のサインを見逃さずに黙って手を差し伸べる。ステキだ。

 ②どんなに力になりたくても、自分に能力がなければ不可能。普段は力を抜いてのんびり、ライオンタイプからしたらサボっているように見えても、実はちゃっかり能力を秘めている。ステキだ。

 そして、もちろんそれを自分からは言わない。気づく人も少ない。助けた相手でも気づかないかもしれない。......ステキだ!

 と、こんな風にどんどんクロヒョウへの憧れが高まり、自分は今日からクロヒョウタイプで生きていこうと心に決めた!けど、よく考えたら、これはないものねだりなんじゃないか。クロヒョウは、いつも人気者の百獣の王を見て、羨ましく思ってるかもしれないし、自分が代わりに子どもたちを喜ばせた時は、素直に喜びを表現したかったかもしれない。ライオンにだって憧れのポイントはたくさんあるはず。それに、変わりたくても変われないんだきっと。

 意識するだけでも違うかもしれないから、今までただのライオンだったけど、これからはクロヒョウになりたいライオンとして生きていこうと思った。

 

どうぶつえんのいっしゅうかん (わくわくライブラリー)