本を読んで考えたこと

ツイッターのロングバージョンです

仏像を今すぐ観に行きたい。(上田和夫訳『小泉八雲集』)

 小泉八雲は本名ラフカディオ・ハーン。ちょうど明治維新の時期に来日した。怪談で有名だが、随筆「日本人の微笑」がとにかく良かった。

 まず内容から。

 日本人は、怒られた時、悲しんでいる時、死を覚悟した時など、西洋人が信じられないようなシチュエーションでも微笑する。これは日本古来の自然な生活、思想、慣習を理解しないとわからない。(説明省略。)理解してみるとやはり「日本人はやはり世界で一番いっしょに暮しやすい国民」である。だがこれを崩しつつあるのが西洋から入ってきた利己心。利己心は国家の無秩序を産む。どんどん西洋に染まってこれまでの日本を軽蔑する若者たちも、いつか過去を振り返って懐かしむだろう。そこで思い出す古い神々の温顔が、日本人のこの微笑なのだ。

 ......この終わり方が素晴らしかった。余韻がものすごかった。「いつか過去を振り返って懐かしむ」、その「いつか」が私にとっては今のようだ。

 日本という国は今日も相変わらず進む方向が定まらず、迷走している。とにかく上とか前とかは向いている。色々な人が色々なことを言っていて、衝突なのか共鳴なのかもよく分からない。これは、ニッポンがなんとなくのまとまりで存在し続けていることや、個人主義を西洋から頑張って引っ張ってきたけど上手く馴染まなかったことの表れだと思う。なのにこのままもがき続けて、どこへ行くのか。どこへ行こうとしてるのか。考えれば考えるほど減速。そして行き止まり。

 ここでこの随筆に出会ったのが良かった。

 政治、経済、労働環境、教育、あれもこれもどうしようもない......私は日本を憂いてばかりで、自分から動こうとしなかった。動いても何も変わらないか、叩かれるかだし、あきらめていた。ずるずると停滞していて救いが見当たらなかった。だから小泉八雲が「微笑」という上品で繊細な表現で日本人の特徴をつかみ、それがDNAに刻まれていることを教えてくれたのは本当に嬉しかった。空港で外国人つかまえてインタビューして自分たちのいいとこ探ししなくても、100年前に見つけてくれている人がいた。

 この微笑に立ち返ることで、資本主義社会では後退するかもしれない。でも思想、精神、気の持ちようの面では一歩前進に違いない。

 日本人は今持っているものを手放したくないのかもしれないが、所詮それも手にしてから200年も経ってない"概念"という空箱。しかも使いこなせなかったし、多分これからも使いこなせない。個人がいくら集まっても、国の方向を定めたり、変えることはできず、なぜか力の及ばないところが意図せず色を変えていくばかり、そんな風に進むと思う。それがこの日本列島のニッポンというまとまり。それでいいのだ。と思うしかない。思えば楽になる。

 そんな我が国ニッポンの古き良き微笑を追い求める旅したい......。何とかその素晴らしさを味わおうと頑張っていた数々の仏像、今なら自然と感動できるかもしれない。とりあえず仏像観たい。

 というようなことを考えました。

小泉八雲集 (新潮文庫)

小泉八雲集 (新潮文庫)